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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)817号 判決

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、当審において左記のとおり補足陳述し又は主張の撤回をなした外、原判決が事実の欄に摘示したところと同一であるので、ここにこれを引用する。

第一、被控訴人の主張

(一)  本件農地買収処分は、昭和二十二年十一月四日長野県北安曇郡会染村農地委員会の定めた農地買収計画によりなされたものであるところ、右買収計画に対しては、控訴人半次から、同委員会に異議申立がなされ、これが却下せられたのでさらに長野県農地委員会に訴願がなされたがこれまた棄却せられ、その後行政訴訟の提起もなく、控訴人宏志にいたつては当初から何ら争訟手続に出ることなく、又、本件買収処分に対しては、控訴人両名共異議訴願等の手続をなさず行政訴訟の提起もなさなかつたのであるから、行政行為の公定力の関係上、控訴人らは、もはや本件買収処分の効力を争いえないものである。

(二)  本件一連の農地買収手続はすべて適法になされたものであつて、控訴人ら主張のように当然無効の行為ではなく、その職権濫用に関する主張事実はすべてこれを否認し、違憲の主張はこれを争う。又民法第九十条に該当する行為でもない。但し本件農地買収手続がすべて自作農創設特別措置法及びこれが附属法令に基いてなされたこと、従つて買収農地の対価についても右法令により定められた基準によつたことは認める。

(三)  民法第百七十七条による登記欠缺の抗弁(原判決摘示再抗弁(一))はこれを撤回する。しかし本件買収計画樹立当時本件農地の登記名義人は控訴人半次又はその父亡矢口浅太郎であつたのであるから、会染村農地委員会が右登記簿上の記載を信じて本件農地の所有者は控訴人半次であるとなしたのは当然であつて、同委員会は故意に事実に反して右認定をなしたものでない。

第二、控訴人らの主張

(一)  被控訴人主張の(一)の事実は認める。しかしながら、本件一連の農地買収手続は当然無効の行為であつて、これにより被控訴人は本件農地の所有権を取得するに由なく、控訴人らは、本件農地の所有者として、行政行為の公定力にかかわりなく何時にても本件買収手続の効力を争いうるものである。

(二)  本件買収手続は、自作農創設特別措置法及びこれが附属法令に基いてなされたものなるところ、これら法令は、不在地主についての規定、遡及買収に関する規定、農地委員会の組織並びに決議方法に関する規定、買収農地の対価決定並びに支払に関する規定、その他売渡農地の価額に関する規定等、いちじるしく地主に不利にして小作人に有利なる規定多数を含み、全体として法の下に平等なるべき地主と小作人とを差別扱いするものであつて、憲法第十四条に反し無効であるばかりでなく、少くともその買収農地の対価に関する規定は、買収を受くべき地主に対し到底完全な補償をなしたものということができず、憲法第二十九条に反し無効であつて、従つて、これら違憲の法令に基いてなされた本件買収手続は、取り消すまでもなく当然無効である。

(三)  本件買収手続は、後記(四)のとおり控訴人らから本件農地を取りあげることのみを目的としてなされたものであつて、民法第九十条により無効である。

(四)  本件農地買収計画は、会染村農地委員会が憲法第十二条に違反してほしいままにその職権を濫用してなした無効の行為であつて、従つて右買収計画により長野県知事のなした本件買収処分もまた無効である。その職権濫用の事実は左記事実によるも明白であつて、会染村農地委員会は、本件農地についてはこれを買収する理由のないことを知りつつ故意に農地買収に名をかりて控訴人らから本件農地を取り上げんとはかつたものである。

(1)  控訴人宏志が昭和十四年一月十日控訴人半次から本件原判決添附第一物件目録記載の農地を含む十一筆この反別合計一町四畝十三歩の農地の譲与を受けた事実は、会染村においては何人も争うことのできない公知の事実であつて、控訴人宏志が昭和十七年応召し同二十一年一月復員するまでの間は控訴人半次が控訴人宏志に代つて右農地を管理していたのであるが、右管理にあたつても、儼に自己所有農地と区別し小作台帳も別々に調製していたのである。(乙第三、第四号証参照)そして控訴人宏志復員後は同控訴人自らこれを管理し耕作していたのであつて、世帯も父半次と別にして姉とめ子とともに独立の生計を営み、昭和二十一年二月二十一日正式に分家届出を了した次第である。さればこそ、右事実を認めて、会染村長竹内寿太郎は、控訴人宏志に対し、昭和二十一年大蔵省発行個人金融通帳(乙第二十七号証)及び家族員を二人とした醤油回数購入券(乙第二十八号証)を交付し、昭和二十一年度以後県民税村民税を賦課し、米穀売渡割当書を交付して米穀を供出せしめ、昭和二十三年度において控訴人宏志の水田耕作面積を五反六畝なりとして水田調査費を分担せしめ、又会染村滝沢部落字滝沢南木戸総代矢口博隆は、昭和二十二年度分として控訴人半次とは別に控訴人宏志に対し耕地費木戸費を賦課支出せしめたのであるのにかかわらず、ひとり会染村農地委員会のみ右事実を否定し、かつ会染村滝南部落土地調査主任村山徳一の同委員会に提出した滝南部落居住の世帯主全般にわたる現況一般調査表その他の調査表を無視し、何ら首肯するに足る理由なきに右農地は依然として控訴人半次の所有に属するものと認定して本件買収計画を樹立したのは、全く同委員会の職権濫用行為というのほかなく、同委員会及び長野県農地委員会は所有権の帰属は別として控訴人宏志が昭和二十一年一月復員後引きつづき右農地を耕作している事実すら否定しているのである。

(2)  本件買収計画樹立当時における控訴人半次の所有農地面積は、前記控訴人宏志に譲与した一町四畝十三歩を別にして二町五反八畝であつて、長野県における自作、小作地保有許可面積二町七反歩の範囲内であるから、本件原判決添附第二物件目録記載の農地につきこれを買収する理由のないことは、会染村農地委員会の熟知していたところというべく、これを知りながらこれが買収手続を敢行したのは、同委員会の職権濫用行為であるというのほかない。

(3)  会染村農地委員会及びその関係者は、ひとり本件のみならず控訴人らに対し数多の違法不法の所為をなしているのであつて、このことは本件買収手続が控訴人らから本件農地を取り上げることのみを目的とした職権濫用行為であることを物語るものである。すなわち、

(イ) 会染村農地委員会は、控訴人半次の所有にかかる会染村神田四三〇〇番地田一反三畝十一歩、同坂下前二九五〇番地田一反四畝七歩、同坂下前二九五一番地田六畝十五歩に対しても買収手続をなし、右買収手続は昭和二十年十一月二十三日現在における耕作者奈須野三代蔵、小林鶴吉の請求に基きなされたものであるところ、右奈須野三代蔵は会染村滝沢前四七三一番の二田四畝十三歩及び同所四七三一番の三田一反五畝二十七歩を、右小林鶴吉は会染村石原田四一四五番地田一反三畝十一歩を、いずれもかつてこれらの田を所有したことなき控訴人半次から不法に取り上げられた旨昭和二十二年三月二十四日会染村農地委員会に対し届け出てその審議方を求め、(乙第十八号証の一、二参照)同委員会は、右届出に基き同年三月二十六日不法取上と認定し、(乙第十三号証の一、二参照)ついで奈須野三代蔵、小林鶴吉の請求により、右不法に取り上げたものとして前記坂下前二九五〇、二九五一の二筆(請求者奈須野三代蔵)及び神田四三〇〇の一筆(請求者小林鶴吉)につき買収計画を定め、縦覧期間を昭和二十二年五月三十日から同年六月九日までと定めたのであるが、同年五月三十日附同委員会長横山嘉一郎から控訴人半次にあてた右買収計画の通知書(乙第十四号証)によれば、買収の目的たる農地は坂下前二九四九番地田一反四畝七歩、同所二九五〇番地田六畝十五歩、神田四三〇〇番地田一反三畝十一歩となつていて、坂下前の二筆については番地が誤記されているばかりでなく、右農地はいずれも控訴人半次の居住する会染村地内に存するのにかかわらず不在地主に適用すべき自作農創設特別措置法第三条第一項第一号により買収計画を定めた旨の記載あり、しかも同委員会は右通知に先きだち同年五月二十二日これを承認し、(乙第十五号証参照)右買収計画に対し控訴人半次は異議申立期間内なる同年六月七日異議の申立をなしたにかかわらず(乙第十七号証参照)同委員会は同年十一月十四日なしたものとなし、(甲第四号証参照)かつ縦覧期間を同年五月二十六日から同年六月五日までであつたとなし異議申立期間経過後の申立であるとして同年十一月十八日これを却下し(乙第十六号証参照)たのであつて、その粗漏杜撰驚くに堪えたるものあり、只管控訴人半次から農地を取り上ぐべく小作人らと共謀してなした違法の所為である。

(ロ) 会染村農地委員会長横山嘉一郎は、昭和二十七年一月二十七日附書面を以て、控訴人半次の元小作人矢口金作、矢口宏佳、小林幹司、矢口春実、奈須野一政、矢口金一、村山万作らに対し、寄附金名義を以て本訴を含む控訴人らを相手方とする訴訟の費用の分担納入を求め、訴訟費用の不足分は会染村の村費で賄う旨の通知(乙第二十四号証の一、二)を発している事実がある。

(ハ) 控訴人半次の小作人矢口春実は、多数隣人と共謀の上、控訴人半次方屋敷内に侵入し、控訴人宏志を殴打しながら、逆に控訴人宏志から傷害を加えられた旨告訴し、かつ和田茂を教唆して検察官に対し乙第一号証の一、二の譲与契約書の立会人和田政市の署名押印を右茂においてほしいままになした旨虚偽の陳述をなさしめたが、いずれもその虚偽なること判明し、控訴人宏志は右傷害事件につき昭和二十五年三月十七日長野地方裁判所において無罪の判決を受け、(乙第十一号証参照)右判決は確定した。

(五)  控訴人半次が控訴人宏志に対して譲与した農地につき登記手続を経由しなかつた事実は認める。控訴人半次は控訴人宏志が成年に達した後登記手続をなすつもりでいたところ、控訴人宏志は昭和十七年応召出征し、昭和二十一年一月同人復員後は農地改革の関係上登記手続が困難になつたためで、止むを得ない事情に基くものであると述べた(立証省略)。

三、理  由

控訴人矢口宏志が原判決添附第一物件目録記載の農地を、控訴人矢口半次が同第二物件目録記載の農地を、それぞれ現に占有耕作していることは、各控訴人の認めるところであつて、被控訴人は、これら農地は被控訴人の所有であつて控訴人らの右占有は正権原に基かないものであるとなし、控訴人らに対し所有権に基きこれが明渡を求めているものであるところ、控訴人らは、右農地が被控訴人の所有であることを否認し、かえつて第一物件目録記載の農地は控訴人宏志の所有であり、第二物件目録記載の農地は控訴人半次の所有であると主張しているので、まずこの点を審究する。

長野県北安曇郡会染村農地委員会が昭和二十二年十一月四日これら農地を控訴人半次の所有に属するものとして右農地につき自作農創設特別措置法第三条により買収の時期を昭和二十三年七月二日と定めて買収計画を樹立し、右買収計画に基き長野県知事が同年同月二十五日控訴人半次に対し買収令書を交付して買収処分をなしたことは、当事者間に争のないとろであるので、他に特段の事由のない限り被控訴人は右買収処分により本件農地の所有権を取得したものというべく、右買収計画に対しては被控訴人主張のとおり控訴人半次から異議申立並びに訴願がなされたが、いずれも却下又は棄却せられその後行政訴訟の提起もなく、控訴人宏志にいたつては右に対し何ら争訟手続に出ることなく、又右買収処分に対しては控訴人両名共何ら異議、訴願、行政訴訟の提起等の争訟手続をなさなかつたことは、当事者間に争のないところであるので、右買収計画の樹立から買収処分にいたる一連の買収手続は出訴期間の経過によりここに形式的に確定し、当然無効でない限り、もはや何人も通常の争訟手続によりその効力を争うことができず、たとえ取り消しうべき行政行為であつたとしても、その取消を求めることができないものというべきである。これはひとり本件買収手続の名宛人であつた控訴人半次のみならず、控訴人宏志においても本件買収計画又は買収処分に対し本件買収計画に定められた前記第一物件目録記載の農地の所有者なる旨主張して自作農創設特別措置法第七条に基き異議を申し立て、その他争訟手続に出ることができたのであるから、当然右行政行為の不可争力の効力を受けるものというべく、その名宛人でない故を以て当然本件買収手続の効力が控訴人宏志に及ばないものとなすはあたらない。

しかるところ、控訴人らは、本件買収計画、従つて本件買収処分が当然無効の行政行為であつて、控訴人らに対し何ら効力を生じないと主張する。よつてその主張の無効原因につき順次その当否を判断する。

(一)  第一に、控訴人らは、自作農創設特別措置法及びこれが附属法令は憲法第十四条、第二十九条に反する無効の法令であつて、従つてこれに準拠してなされた本件買収手続は当然無効であると主張する。なる程観方によれば、右法令は、強制的にその所有農地を買収せられる地主に不利にして買収農地の売渡を受ける小作人に有利なる規定多数を含み、法の下に平等なるべき地主と小作人とを差別扱いするものであつて、憲法第十四条に反するものであり、又買収農地の対価に関する点において少くとも憲法第二十九条に反するものではないかと思われるようである。しかしながら、憲法第十四条は、あらゆる場合、あらゆる点で国民全部が絶対に平等であることを要求するものではなく、平等の要請そのものの中におのずから合理的な制限を当然含んでいるのであつて、その制限がどの程度まで認められるかは、その差別が合理的なものであるか否かによるほかないと解するを相当とするところ、農地改革が、実質的には、憲法の行われる地盤を形成する前憲法的な工作であり、形式的にもそれに対応して連合国管理政策の一環として超憲法的な権力に基いて行われていることに思いをいたすときは、自作農たるべき小作人の保護にあつきにすぎ、この点において地主と多少取扱を異にしているからといつて、直ちに右農地改革のため制定せられた前記法令が憲法第十四条に反する無効のものであるということができず、又対価の点も、法定の基準価額は、農地所有による収益を資本還元して定められたものであつて、小作料の据置と農地の自由処分の制限、さらに農地改革が急速広汎に行われねばならなかつた事情を考え合すときは、右対価は、あるいは完全な補償でないかも知れないけれども少くとも正当な補償であるということをうべく、従つて決して憲法第二十九条に反するものでない。(最高裁判所大法廷昭和二十八年十二月二十三日言渡判決参照)なお、前記農地改革の性格から自作農創設特別措置法及びその附属法令は、たとえ憲法の下における法律政令の形式を以て定められているとしても、その本質は連合国の日本管理法令たる性格を有しているものと解することもできるのであつて、この立場をとるときは、これら法令の内容を憲法の条項と対比してその効力を争うことは許されないものというべく、日本管理の終了した現在においては、特段の理由のない限り一切の日本管理法令はその効力を失つたのであるけれども、本件買収手続は日本占領当時行われたものであり、行政処分が行われた後に行政処分の基盤となつた事実状態ないし適用法令が変動した場合にその行政処分の適否を判断するについては、処分時の状態ないし法令を基準として判断すべきものであるから、(最高裁判所第二小法廷昭和二十七年一月二十五日言渡判決参照)右占領解除の事実は本件に何ら影響を及ぼさないものというべきである。よつて違憲を理由とする控訴人らの無効の主張は理由がない。

(二)  次に控訴人らは、本件農地買収手続(買収計画及び買収処分)は民法第九十条にあたる行為であつて無効であると主張するけれども、同条は私法上の行為ないし法律関係を規律する規定であつて、権力支配作用である本件農地買収手続には適用がないものと解すべきであるから、控訴人らの右主張は主張自体理由がないのみならず、後記説明のように、本件農地買収手続が不法に控訴人から本件農地を取り上げることのみを目的としてなしたものである事実を認めることができない。

(三)  最後に控訴人らは、本件農地買収計画の樹立は会染村農地委員会の職権濫用行為であり、本件買収処分の実施は長野県農地委員会及び長野県知事が右買収計画を鵜呑にした結果であるという。そして会染村農地委員会に職権濫用行為ありといわんがためには、控訴人らも自認しているように、単なる手続上の過誤、手落があつたというのみでは足らず、結局本件農地についてはいかなる点からみてもこれを買収する理由のないことを知りながら故意に農地買収に名をかりて控訴人らから本件農地を取り上げんとはかつたこと、換言すれば、真面目に農地改革を遂行しようという意図に出たのでなく、農地改革に便乗して農地奪取の野望を達成せんとしたものであることを要するところ、控訴人らの提出援用にかかる証拠は勿論本件にあらわれたあらゆる証拠によるも遂に会染村農地委員会がかかる意図の下にその職権を濫用して本件買収計画を定めた事実を認めることができない。否控訴人らが本件農地を買収することのできない唯一の理由としてあげた昭和十四年一月十日控訴人半次が控訴人宏志に対し本件第一物件目録記載の農地を含む合計十一筆この反別合計一町四畝十三歩の農地を譲与したという事実すらも疑わしいのである。なる程控訴人ら提出の乙第一号証の一、二、(譲与契約書)成立に争のない乙第二号証の証人松沢喜一、矢口一男の供述記載、及び原審における被告(控訴人)矢口半次の本人尋問の結果を綜合すれば右譲与の事実を認めるに足るようである。又、右本人尋問の結果及び成立に争ない乙第十九号証、第二十一号証の一、二、第二十五号証の五、第二十七ないし三十三号証、第三十四号証の一ないし三、第三十七号証、第三十九ないし第四十二号証、当審証人遠藤好澄の証言によりその成立を認めうべき乙第二十号証の一、二、当裁判所の真正に成立したと認める乙第二十五号証の一ないし四及び六、第三十八号証並びに右証人遠藤好澄の証言を綜合するときは、控訴人宏志は、昭和十七年応召出征し、昭和二十一年一月復員したのであるが、復員後は、控訴人ら主張のように姉矢口とめ子と共に控訴人半次と別世帯を営み、本件第一物件目録記載の農地その他控訴人半次から譲与をうけたという農地の大半を耕作し、その名において、その生産にかかる米穀甘藷等を供出し、県民税、村民税を納入し、水田調査費、耕地費、木戸費を分担し、かつ昭和二十一年二月二十一日正式に分家届出をなした事実を認めることができる。しかしながら、右譲与をうけたという昭和十四年一月十日から右復員まで、果して控訴人宏志が右譲与をうけたという十一筆の農地に対して所有者としての権利を行使していたかどうかは甚だ疑問であつて、なる程乙第三、第四号証によれば、控訴人宏志応召後は控訴人半次において代つてこれを管理し、小作台帳(下作預け元帳と題する)も各別に調製していた事実が認められるようであるが、その以前において控訴人宏志が自ら使用収益していた事実を認めるに足る証拠なく、控訴人宏志が未成年のため父たる控訴人半次が代つて管理していたとするならば、何故応召後と同様に控訴人宏志のための小作台帳を調製しておかなかつたのであろうか、又、成立に争のない甲第八号証の証人木藤厚子の供述記載によれば、木藤厚子は、昭和十一年四月十八日控訴人半次の長男矢口敬一郎と婚姻し同十六年四月二十八日離婚したものであるが、右譲与の事実について何ら聞知することなく、又、成立に争のない甲第十号証の証人矢口金作の供述記載、同第十一号証の証人片瀬治信の供述記載、同第十三号証の証人矢口宏佳の供述記載によれば、これらの者はいずれも本件譲与されたという農地の元小作人であり、殊に矢口金作は本件第一物件目録記載の農地の元小作人であつたが、右譲与の事実を知らず、右につき控訴人らから何ら通告をうけたこともなく、地主は控訴人半次であるとして、小作をつづけ小作料を支払つていた事実が認められ、さらに乙第一号証の一、二、によれば、「譲受人宏志昭和十七年適齢ニ達シタル時直チニ登記手続ヲ完了ナスコト」なる記載があり、昭和十七年当時は右登記をなすにつき何ら支障制限がなかつたのにかかわらずついにこれが登記をなすにいたらなかつたこと等の事実を考え合すときは、あるいは昭和十四年一月十日控訴人半次が控訴人に対し将来分家別居の際には分家料として本件十一筆の農地を譲与する意思ある旨を表明し、これが証として乙第一号証の一、二を作成した事実を認めることができるかも知れないのであるが、その際直ちに右農地を譲与する契約がなされたとは到底認めがたく、乙第三、第四号証も農地買収をまぬがれんがため後日作成したものと疑えば疑える次第であつて、この点に関する前掲被告(控訴人)半次の供述及び乙第二号証の証人松沢喜一、矢口一男、成立に争のない甲第十二号証の証人矢口敬一郎の各供述内容はいずれも措信することができず、これをおいて他に右譲与の事実を認めるに足る的確な証拠がない。又、昭和二十一年一月復員分家後譲与がなされたものとしても、当時は昭和二十年十二月二十八日公布同年法律第六十四号農地調整法第五条により農地所有権の移転は同法第六条の場合を除き地方長官又は市町村長の認可を受けなければその効力が生じなかつたのであるから、右について特段の主張立証のない本件においては、これにより控訴人宏志が本件十一筆の農地所有権を取得した事実を認めるに由ないのである。

してみれば、本件農地は、控訴人ら主張の理由によつてはこれを買収することができないものということができず、仮に百歩を譲り買収できないものであつたとしても、会染村農地委員会が右事実を知りながら故意に本件買収手続を敢行したと認むべき証拠も徴憑事実もない。すなわち、原審並びに当審証人田中和の証言によれば、会染村農地委員会は単に登記簿上の所有名義のみに依拠して本件十一筆の農地が控訴人半次の所有であり、従つて本件農地は買収しうべきものと認定したのでなく、昭和二十二年一月十四日農林省令第二号農地調査規則の定めるところに従い、登記名義人にかかわりなく実際の所有者を対象として農地の一筆調査を行い、慎重にそれを検討した結果前記認定に到達した事実が認められるので、たとえ右認定に誤りがあつたとしてもそれがためそのなした本件買収手続を目して同委員会の職権濫用行為であるということはできない。

前段認定の控訴人宏志の復員後に生じた諸事実は、たとえそれが控訴人宏志の本件十一筆の農地に対する所有権の行使を臆測させる事実であつたとしても、それがため会染村においては控訴人宏志の応召前から右農地が同控訴人の所有であつたことが公知の事実であつたということができず、又当時農地所有権の移転については原則として地方長官又は市町村長の認可を要したことを考慮するときは、同委員会がかかる認可なき復員後の譲与を等閑に付したのは無理からぬところであり、又、当審証人田中和の証言、成立に争のない乙第十三号証の一、二、第十四号証、第十六号証、第十八号証の一、二によれば、会染村農地委員会が控訴人半次の所有にかかる会染村神田四三〇〇番地田一反三畝十一歩、同坂下前二九五〇番地田一反四畝七歩、同坂下前二九五一番地田六畝十五歩に対し遡及買収をなすに当り、控訴人半次に対する昭和二十二年五月三十日附通知書に右坂下前の二筆の地番を二九四九番地田一反四畝七歩、二九五〇番地田六畝十五歩と誤記し、かつその適用法条を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号と記載し、又、同年十一月十八日控訴人半次の右買収計画に対する異議申立を却下するに際し、その決定書に縦覧期間を真実は同年五月三十日から同年六月九日までであつたのにかかわらず、同年五月二十六日から同年六月五日までと記載する等の過誤があつた事実が認められ、又当審証人田中和の証言並びに同証言によりその成立を認めうべき乙第二十四号証の一、二によれば、会染村農地委員会長横山嘉一郎名義を以て、昭和二十七年一月二十七日控訴人半次の元小作人矢口金作外六名に対し、「訴訟費援助について」と題し控訴人ら主張のような趣旨の書面が発せられた事実を認めることができ、又成立に争のない乙第十一号証によれば、控訴人宏志が昭和二十五年三月十七日長野地方裁判所において矢口春実を傷害した旨の公訴事実に対し右証明なしとして無罪の判決言渡をうけた事実が明らかであるけれども、これらの事実否控訴人ら主張の(四)(3)(イ)(ハ)の事実が全面的に認められたとしても、右(イ)の事実は本件と関係なき他の買収処分に関する事柄であつて、あるいはその買収処分の効力に消長を及ぼすべき事項であるかも知れないが本件買収処分の効力に何ら影響なく、又(ハ)の事実もこれを本件職権濫用の事実認定の資料に供するにはあまりに縁遠く、いずれも会染村農地委員会の職権濫用の事実を推認する事情となすに足らない。右に反し、原審証人田中和の証言により控訴人半次の提出した異議申立書の原本に基いて謄写したものであることの明らかである甲第四号証、成立に争のない乙第十六号証、甲第七号証によれば、控訴人半次は本件異議申立又は訴願をなすにあたり本件十一筆の農地譲与の事実については一言もふれてないことが認められ、又、成立に争のない甲第五号証によれば、控訴人宏志が昭和二十三年六月二十二日附書面を以て、会染村農地委員会に対し、その譲与をうけたという本件第一物件目録記載の農地外三筆の農地につき売渡の請求をなしている事実が明らかであつて、これらの事実は同委員会に控訴人ら主張のような職権濫用の行為のなかつた一証左となすに足るものであろう。よつて職権濫用を理由とする控訴人らの無効の主張は理由なしとして排斥する。

以上の次第で、控訴人らの無効原因として主張するところは一も理由がないので、本件農地は本件買収処分により被控訴人の所有に帰したものと認めるのほかなく、控訴人らはもはやその所有権を主張して本件買収処分の効力を争うことができず、所有権以外他に本件農地を占有耕作するにつき正当の権原あることは控訴人らの何ら主張立証しないところであるので、その占有は何ら正権原に基かない不法のものであるとなすのほかなく、従つて控訴人らに対し所有権に基き各その占有にかかる農地の明渡を求める被控訴人の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は正当であり、控訴人らの控訴は理由がないので、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)

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